大徳寺 聚光院 特別公開

  • 2016/9/7
  • 大徳寺 聚光院 特別公開 はコメントを受け付けていません。

「そうだ京都へ行こう」
今年に限っては「そうだ京都は今だ」だそうで。テレビCMも流れている、大徳寺・聚光院へ行ってきました。

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夏休み真っ盛りだからかもしれませんが、多くの観光客で大徳寺の境内はにぎわっています。
この日は、欧米人が特に多かったような。。。
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聚光院の特別公開は2017年3月26日まで。
京都春秋のサイトから予約ができます。
当日でも空きがあれば、見学可能ですが、この日は混んでいたようです。
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大徳寺の門を入るとすぐに見えるのが山門「金毛閣」。
松の木の枝ぶりが大きすぎて、金毛閣全体の写真が撮れません(^^;)
秀吉の時代には、この山門を通って秀吉や天皇が大徳寺に入っていたそうで、その頭上にあたる2階に草履をはいた千利休像を置いたことが、千利休を死の原因になったと言われている建物です。
現在放送中のNHK大河ドラマ「真田丸」では、千利休が自分の像を作ったのは、茶々が千利休を父のようだと慕ったので、茶々に贈るために像を作ったのに、実際に贈ると遠まわしに嫌がった茶々が「たくさん寄付をしている大徳寺に置いてもらったら~」と言ったのでそうしたとのお話にしていていました。
千利休の死の原因は、諸説ありはっきりしたことはわかっていませんが、真田丸では小悪魔として描かれている茶々の一言が遠因のひとつとは三谷幸喜の脚本は面白いです。
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こちらは、法堂。
天井に描かれている雲龍図は狩野探幽の作とのこと。
狩野探幽は、同じ狩野派でも、これから見学する聚光院の襖絵を書いた狩野松栄・永徳親子より後世の、江戸時代の人です。
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聚光院の見学は撮影禁止なので、パンフレットから。
見学の注意事項としては、予約時間の10分前にならないと受付をしてもらえません。待つところがないので要注意です。
また、荷物は貴重品も含め、預けなければなりません。
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本堂の障壁画が、テレビCMにもなっている、国宝「花鳥図」です。
ダイナミックな躍動感あふれる絵が、永徳24歳の時のものとは、すごい才能ですね。
父親の松栄の画風は、どちらかと言えばほのぼのとしています。
このお部屋の向かって左側の「衣鉢の間」は、松栄筆の「竹虎遊猿図」が障壁画ですが、描かれている虎は、日本に虎がいなかったので、書物や猫を参考に描かれたらしく、かわいらしい虎の顔になっています。
松栄は、息子の才能を認め、早々に家督を譲ったらしいです。
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こちら名勝「百積庭」は、狩野永徳が下絵を描いて、千利休が整えたと伝わっています。
写真の右手に見える白い幹の木は、沙羅の木。現在は数代目とのことですが、初代は千利休の手植えとのこと。
生垣の向う側には、千利休をはじめとした千家代々のお墓や、聚光院を建立した戦国武将の三好家三代(之長、元長、長慶)のお墓もあるそうです。
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本堂の側には、重要文化祭の茶室「閑隠席」「枡床席」があります。
どちらも千利休の時代より後のもの。
上の写真、「閑隠席」は、千利休150回忌に表千家7代目如心斎の寄進によって建てられ、利休好みの三畳で、明かりも制限され、簡素な設えです。
下の「枡床席」は、「閑隠席」より70年後に建てられ、4畳半。半畳の床の間があり、これを「枡床」というので、この名がついているそうです。
「閑隠席」には躙り口しかありませんが、「枡床席」には貴人口がありました。
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見所の最後は、2013年に新しく作られた書院の襖絵。
千住博筆「滝」です。
この↑写真には、2つの部屋が写っています。
右のお部屋の方が滝の流れによって白の部分が多いですが、これは、茶会などが行われたときに、こちら側の部屋に女性が座ることが多く、着物の美しさが映えるようにとの考えからだそうです。う~ん、すごい。そんなお茶会覗いてみたい。。。

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